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空に知られぬ雪(第三章~)
第三章.空へ
-一.闇を砕く-
恭平が上に挙げていた手をすっと下げる。
それと同時に大地のドームが砕けた。
ドームの外は暴風。
崩れたドームが壁を形作り、風を塞ぐ。
シルフィードを探す。
気づくよりも早く本能が反応した。
低く大きく右に飛ぶ。
今まで立っていた位置に竜巻が発生する。
「あら・・・おいしく料理してあげようと思ったのに。」
声は真上から降ってきた。
と同時に上から強烈な風が叩きつけられる。
かろうじて避けるが風と共に何かが当たる。
雹だ。
シルフィードは風に雹を混ぜてきた。
長期戦をすると熱が奪われる。
短期戦で片をつけるしかない。
右手のナイフと左手のナイフ。
両のナイフを軽く交差させる。
ナイフの先にシルフィードを見据える。
シルフィードは笑いながら、右手を振り下ろす。
強烈な風が上から襲い掛かってくる。
避けながら走る恭平のあとを次々に風が襲いかかる。
紙一重で避け続ける。
シルフィードが左手を軽く振る。
ふいに目の前から横殴りの風が吹き付ける。
とっさに腕を交差させ、風を受ける。
そのままドームの壁まで吹き飛ばされ叩きつけられた。
シルフィードはその様子を見て、にんまりと笑う。
あと、一撃・・・・壁に叩きつければいい。
そうすれば食事にありつける。
勝利を確信して左手を引く。
シルフィードは頭上から恭平を見下ろすと左手を軽く振るった。
横殴りの風がやってくる。
ドームの壁のすぐ前に立つ恭平に向かって。
恭平は敵の正体がわかるまでワイヤーを多用してきた。
大地に飲み込まれそうになった時も自らの力を出す前にシルフィードが救い上げた。
シルフィードは知らない。
恭平が戦闘中に如何にして大地の頚城を逃れてきたのか。
そして、そのナイフが如何にして獲物をしとめるかも。
歴戦の傭兵はこの一瞬を待っていた。
フロートイメージ─────身を軽くして大地を蹴り上げ、壁を蹴って宙に舞う。
さらに壁にぶつかった風が強烈な上昇気流となって恭平の体を押し上げる。
目の前には笑うシルフィード。
その笑顔が驚愕に変わるよりも早かった。
「あいにくだったな・・・料理は俺もうまいんだ」
その言葉がシルフィードに聞こえる余裕があったのかどうか・・
ナイフがひらめく。
ハッシュ!ハッシュ!ハッシュ!
左手のナイフでシルフィードの右肩を切り裂く。これで右腕は揮えない。
右手のナイフでシルフィードの喉を薙ぐ。もう呪文を詠唱できない。
そのまま右手を切り替えして左肩に切りつける。これで横風も封じた。
バランスを崩すシルフィードの身体をワイヤーで回転させると背中を蹴って大地めがけて蹴り落とす。
落下する間にシルフィードの背中・・・力をなくし、闇に染まった翅を切り裂く。
千斬り
一撃、闇に染まった先端を
二撃、翅の先端から溢れ出でる闇を
三撃、残る翅の闇を
四撃、少しの欠片を残さぬように
五撃、六撃、七撃、八撃・・・・粉々に引き裂いていく
避ける余裕のないシルフィードの翅を滅多切りする。
そして闇に染まった翅が粉々に砕け散ったとき、翅からあふれ出た闇が恭平に襲い掛かる。
闇から雷撃が走る。
とっさに左のナイフを投げてナイフに避雷させ・・・
ペネトレイトイメージ─────右手のナイフで驚愕する闇を貫き抉る。
絶叫する闇に追い討ちをかけるようにワイヤーを叩きつける。
ワイヤースライス
一撃、闇が切り裂かれる
二撃、散り散りに引き裂かれた闇を
三撃、ワイヤーがさらに薙ぐ
四撃、闇の気配は跡形もない
シルフィードが大地に落ちる。
恭平もまた。
「ノーム!」
その声にこたえるかのように地面がやわらかい土に変質する。
足から降りた恭平はやわらかい大地に腰までもぐりこみ、シルフィードの全身は土の中に完全にもぐりこんだ。
大地がシルフィードを吐き出したとき、恭平のつけた傷は完全に癒されていた。
その背中にあった翅を除いて。
-二.罪と罰-
恭平は服の中から土を払い、荷袋をつかんだ。
ワイヤーとナイフはとっくにいつもの装備位置にしまっている。
もうここに用はない。
最初に琴線に触れた“モノ”
歴戦の傭兵に“今”始末しておかないといけないと判断させた“モノ”
育たせてはいけない危険な種はシルフィードに憑いた闇だった。
シルフィードのそばに心配そうに立つノームに声をかける。
「俺の仕事は終わったと思うが?」
ノームが振り返る。
先ほどまでと雰囲気が違う。
子どものような雰囲気が急に老成した雰囲気に変わる。
『そう。見事な仕事でしたなぁ。助かりました。』
『あぁ、驚かれましたのか?申し上げたように、透音が正気に戻れば力が戻るようになっていましたからな。』
『ノームというのは長命なのですよ。力を失って弱体化すると同時に若年化していましたが、これが普通の私です。』
『次は私が貴方の望みを叶える番でしたなぁ。ですが・・・』
ノームが困ったように頭をかいて・・・いいにくそうに恭平の方を見上げる。
『少々・・・厳しい道を帰ってもらうことになりそうなのですが・・・・構わないですかな?』
ノームというのは大地を司る者。
大地の上に住むすべての生物の命を大事にしなくてはならない。
どんな事情があったにしても、他者の命を奪うようなことを勧めてはならない。
例え、どれほど危険なものであっても。
人や動物から見て危険な生物であっても、そのものが生きていくために仕方のない行為であったなら、大地は受け入れなくてはならない。
猛獣が危険だからといって大地がその命を奪ってはならない。
闇もまた同じ。
あの闇はお腹がすいたと言っていた。
何ものかの姿を借りて人を襲うのは、あの闇にとって生きるのに必要な仕方のない行為。
それを自分は透音を守るために殺すことを依頼した。
恭平を襲った闇が恭平に始末されるのは仕方のないこと。
だが、大地が干渉しなければ闇が恭平を食らって生きていたかもしれない。
一方に肩入れし、他方の命が結果として失われた。
ノームとしての禁忌を犯したに等しい。
『私が振るえる力はほんの一回しか残されていないようですな。禁忌を犯した精霊というのはそれなりの罰を受けるものなのですよ』
透音もそう。
闇に取り込まれ、多くの生命を奪った。
翅をもぎ取られるだけではすまない。
その命の本来生きたはずの年月、空に帰ることは許されない。
犯した罪にはそれ相応の罰が与えられる。
それが力を与えられた四大精霊の掟。
『たった一回残された力。それを使って地上まで帰して上げられれば良いのですがな。ここは深い。地上まで帰してあげるのは一回分の力では足りない。ですから。』
そういうとノームは足元を指差した。
恭平は顔をしかめた。
恭平の動きを見ていたノームが厳しい道といった。
足元を指差した。
そして失われるノームの力。
そのことから予想される事態。
『地底湖に落とすことなら可能なのですがな・・・・力を使いきったあと、きっと私の力で維持しているこのドームは崩れ去りますな。・・・・・地底湖に向かって。少しの間は抑えておくつもりですがな。地底湖にたどり着く頃には上から大量の土砂が落ちてくるかもしれませんな』
さらっと言ってのけると、にんまりと笑ってノームはポンポンと恭平の腕を叩いた。
『この強い腕があれば大丈夫でしょうな。』
『それとな、最後に一つお願いがありますのじゃ。空に知られぬあの雪たちを、ほれ、こうして水晶玉の中に封じておきました。この水晶玉は太陽の光に当てると割れるようになっておりますのな。精霊としての力は失われてしまいましたが・・・この雪たちだけでも空に帰してあげたい。持って行ってくれませんかな?』
そういうと水晶玉を投げてよこした。
それを反射的に恭平が受け取ると返事も待たずに・・・
『では、行きますかな』
といって力を揮った。
体が浮く。
足元の地面が急に消失する。
体勢を整える暇もない。
一気に落ちる。
「あの・・・・・やろう・・・・・」
体が落ちる
落ちる
落ちる
落ちる
落ちる
どこまでも続く竪穴をひたすら落ちる
スピードが上がる。
落ちて
落ちて
落ちて
落ちて
湖の表面に叩きつけられた。
-三.脱出-
ほんの一瞬、意識を失っていた。
目を醒まさせたのは何かに引っかかった衝撃。
器官に入り込んだ水を吐き出す。
地底湖と聞いていたが、地底湖から流れ落ちる川のそばに落とされたらしい。
今は少し流されて緩やかな川の流れの中にいる。
川の中の岩に引っかかったのは肩にかけていた荷袋。
まだ天井は落ちてきそうにない。
岩の上に上がる。
荷物はすべて無事。
最後に投げつけられた水晶球も落下の際に服のポケットにつっこんであったので無事。
水の宝玉を取り出して周囲を照らす。
比較的幅の広い川はさらに低いほうへと流れていく。
地底湖のさらに地底。
このまま下流に流れて地上に戻れるとは思えない。
だが、ノームは今まで地下に来た者たちを地底湖を経て地上に返したと言った。
どこかに戻る道があるはずだ。
川の中から少しだけ頭を出した岩の上を伝い飛んで川岸へと移動する。
下流に進むべきか、上流に進むべきか。
残された時間はそれほどないはず。
悩んでも埒は明かない。
ならば・・・・
自らの勘を信じて上流に向かって走る。
やがて目の前に広がるのは巨大な地底湖。
ここに地上に戻るための道があるはず。
天井からぱらりと石の欠片が落ちてきた。
残る時間は少ない。
湖の岸を走る。
ひたすら走る。
「そっちじゃなくってよ。」
水の宝玉がカッ!と光る。
何者かがいる。
何かが跳ねる水の音。
「あ~ら~、ひっさびさにいい男じゃな~い。あのくそじじいからのプレゼントかしら~。で~も~、あたくしには心に決めた方がいるのよね~。いや~ん。心に決めた方だって~。きゃ~~~照れちゃう。どうしましょ~。」
妙にハイテンションで目の前に現れたのは・・・・・・水の精霊ウンディーネ
出口を知っている?
問おうとした恭平とウンディーネの間に、巨大な岩が落ちて水しぶきをあげる。
一瞬見失う。
「どなたをお探しなのかしら~?ひょっとして、あ・た・く・し?」
ふざけた声はすぐ左手から聞こえた。
そちらに視線を向ける。
「きゃ~~~間近でみてもいいおとこ~。だめよ。だめだめ。あたくしにはあの方がいらっしゃるんですもの。いや~ん」
照れたように両手で顔を隠して一人よがっているウンディーネをあきれたように見つめる。
残り時間は短い。
大地が振動しはじめた。
まともに話せそうにない相手に背を向けて奥へと進もうとする。
「ねぇ、あなた。あなたもあのノームに突き落とされてきたのかしら~?
地上に帰りたい?帰してあげましょうか?」
思わず振り返りそうになるが、振り返ると先ほどの繰り返しになる。
背を向けたまま頷く。
「ならばその身を委ねなさい。父なる大地と母なる水に。」
ふざけた調子が消え、重々しい声が告げる。
不意に足元の大地が消える。
湖の水が上から襲い掛かってくる。
とっさに跳ぼうとして踏みとどまる。
─────その身を委ねなさい
その言葉に従う。
湖の中に引き込まれたと思うと一気に対岸へと流される。
天から岩が落ちてくる。
水の流れはその岩をすべて避けながら、恭平を対岸へと連れ去った。
対岸に着くと水の中から投げ出された。
左手には水の宝玉がぽとりと落ちる。
「立ちなさい。」
宝玉を拾いあげると振り返ることなく言葉に従う。
目の前に広がる高い壁。
そして立っている位置のやや左手・・・・巨大な亀裂からかすかに陽の光が漏れる。
「その亀裂の中は地上へと続く上り坂。決して振り返ることなく、一気に走り抜けなさい。」
「風と大地が貴方に感謝していました。そして、雪は私にとっても子どものようなもの。どうか空に帰してあげて下さい。」
そして水音。
振り返った恭平の目に入ったのは、水面に広がる波紋のみ。
大地が震える。
亀裂もまた。
空へと続く道からもぱらぱらと石が落ちてくる。
大地を蹴って亀裂まで跳ぶ。
亀裂の中は上り坂。
一気に大地を蹴って駆け抜ける。
駆けるというよりも跳ぶというほうが近い。
岩肌を蹴って一気に上へ。
時折落ちてくる石をワイヤーでさばき、巨大な岩は跳んで避ける。
背後で大地の崩れる音がする。
道が崩れる音がする。
だが、振り返る余裕があれば前へ。
前へ、前へ。
少しずつ強くなる光。
そして少しずつ強くなる大地の揺れ。
崩れる音が背に迫ってくる。
登るスピードを上げても、崩れる音はさらに早く詰め寄ってくる。
亀裂の中で傾斜が緩やかになったと思うと、空へと続く竪穴に出た。
少し先にロープが見える。
おそらく同じようにここから出た者が、次に地上へと向かうもののために残した命綱。
大地が震える。
とっさにロープに向かって跳ぶ。
足元の大地が崩れる。
ロープをつかむ。
周囲が崩れ、先ほどまで立っていた大地が崩れ去る中、恭平はロープを掴んでゆらゆらと揺れていた。
下の方からはもうもうと土煙が上がる。
底は見ることが出来ない。
ロープを残してくれた先人に心から感謝し、ひたすらロープを上る。
竪穴の先。
かすかに空が見える。
あの大地の縁に向かって。
あの空へ向かって。
上る。
ひたすら上る
もう少し。
あと少し。
やがて力強い腕が大地へと届く。
身体を一気に持ち上げる。
小高い丘の上。
目の前に広がるのは美しい夕日。
空が見える大地の上に立つ。
深い大地の底からの脱出。
長い一日があと少しで終わる。
-終章.空にとける歌-
『この水晶玉は太陽の光に当てると割れるようになっております』
赤い夕日を見つめる。
まだ今日という日に出来ることが残っている。
水晶玉を取り出し夕日にかざす。
音もなく水晶球が消える。
そして、手の中に残ったのは、ほんの少しの雪。
雪は恭平の体温に暖められて少しずつ融けて消えていく。
空に知られぬ大地の雪が・・・・陽の光に抱かれて空へと還る。
かすかに歌が聞こえる。
静かに流れる歌。
風を悼み、大地を悼み、水に感謝し、そして空にとける歌。
白い白い雪が水になりそして消えていく。
夕日が大地へと沈む頃
恭平の手の中から雪は消えていた。
もう歌も聞こえない。
空に知られぬ雪たちは、空へと還っていった。
静かな静かな夜がやってくる。
もう不穏な気配は感じられない。
夜が明ければまた新しい一日がやってくる。
その前に・・・・
恭平は歩き出す。
今日という日が終わる前に魔法陣へと移動するために。
いつもの日々に戻るために。
お借りした方:鳴尾恭平(698)様
選んだカテゴリ:武器 他/特殊系
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