忍者ブログ

闇と鎖と一つの焔

NEW ENTRY

(05/12)
(11/19)
(11/13)

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

  • 05/18/16:30

349

半ばあいた口からぼたぼたと血が流れる。
いつものことだ。

周りの人が奇異の目で見つめる。
この島にやってきた奇特な人間達からみてもシャラザの風貌は異様に見えるのだろう。

異形ではない。
むしろ姿かたちは整っているほうだ。
もっともっと異形なものもこの島にはたくさんいるだろう。
異形であっても心身が健康的な者は受け入れられる。



シャラザのまとう空気は狂気。
微笑する口からもこぼれるどす黒い血。


体からにじみ出る狂気の元は弟への偏執愛

ただ、弟に良い生活をさせてあげたい。
純粋ながら屈折した愛情。



姉である自分への偏見が弟へと向かおうとしたとき、シャラザは牙をむく。



たとえ始終血を吐き続けていても、これほどの狂気がなければ・・・
弟への偏執があったとしても、見た目が健康的であったならば・・・・


だが、シャラザの体とまとう空気は、人々に畏怖の気持ちを起こさせる。
畏怖と血と狂気


この島の冒険者達をも退ける何か
一部の冒険者達を魅了する狂気


シャハラザード・・・・・・彼女がどこへ向かうのか、今はまだ誰も知らない。


十ニ人目のお題「狂気」  349 シャハラザード
PR

284

この島にいる誰もが受け取った招待状
人によって受け取った形が違うこの招待状にスズの場合はおまけがついていた。


招待状を運んできた郵便配達人がこういったときは驚いた。
『実は・・・もう一通 あなたにだけメッセージカードがあるんです』

世界中の人に送られた招待状。スズにだけ渡された一枚のカード

『13日目の戦闘終了後 
 島で一番気持ちよく酒の飲める場所で待っている』

島で一番気持ちよく酒の飲める場所・・・
スズはこのカードを見て島にいく決意をさらに固めた。





13日目の戦闘が終わり・・・スズたちは遺跡外へと出てきた。

もしかしたら遺跡の中かもしれない。
だけど、遺跡の中で会える確率はものすごく低い。
だから・・・・きっと遺跡外だ。

10日目を過ぎる頃から鈴はずっと場所を考えていた。
遺跡外にあるいくつかの酒場、飲み屋
だが、いずれもぴんと来ない。

一体どこへ行けばいいんだろう・・と思いながら遺跡外に出てきた。
残り時間は短いはず。
約束の時間は今日の夜。



久々の遺跡外。
レナーテさんやびっさんと別れて、スズは1人で遺跡外を散策し始めた。
店の立ち並ぶエリアを抜ける。
港からは今日も新たな冒険者達が船を降りてくる。
二つの魔法陣のそばは人でにぎわっている。



こんな場所じゃない。
きっと、こんな場所が見える場所・・・


丘の上には修道院がある。
だが、あそこはいろんな人が出入りする、ある有名な戦闘集団の居留地になっていたはず。

とすれば・・・・

スズは港を囲むもう一方の丘の上へと歩いていった。




暑い夏
草が広がる手付かずの丘
誰も来そうにないこの雑草だらけの丘の上から、港や商店がよく見える。

風が渡る。
少し暑いがさわやかな風が吹く
丘の上には大きな一本の木
葉の生い茂るその木の木陰はとても気持ちが良い。
もうすぐ月も見えるだろう。

木の下のごく一部は下草が掃われている。
誰かがここで少し前に休んでいたのだろうか?


スズはこの場所で待つことにした。





夕日が海に沈む。
綺麗だ・・・・・・
東の空は陰って白い月も見え隠れしはじめている。
蝉の声が響き渡る。
カエルの声が聞こえる。
自然豊かなこの場所





ふと気がつくとそばに待ち人が立っていた。

「やっぱり、あなたね」

遅れてやってきた待ち人は一升瓶をその場にどんと置く。

「もう・・・・あんなカードの伝言だけじゃわかんないよ。今度はもっとわかりやすくしてよね」

ふくれてみせると、相手が苦笑しているのがわかる。

でも、会えたからいいか・・・




月を見ながら、虫の声を肴に酒を呑む。
この島に来てからのこと。
今の仲間のこと。
島に来る前のこと。
この遺跡の話。

最初は尽きることなくいろんなことを話した。

昔のこと
前にあったときのこと
昔の仲間たちの消息

スズは楽しくて歌まで歌った。


だが、そのうち静かに酒を酌み交わし始めた。
二人とも静かに酒を呑む。
美味い酒だった。
気持ちのいい時間だった。



一升瓶が空いた。
2人は黙って月を見た。

どちらからともなく立ち上がり。
2人は静かに別れた。

再会の約束はしない。
それでもこの世に美味い酒がある限り、きっと彼らはもう一度会うだろう。


─────次回も曖昧な伝言に振り回されるのかな。


スズの顔に笑みが浮かぶ。
そんな不思議な関係をスズは楽しんでいた。
きっとあの人も楽しんでいるんだろう。

気持ちの良い真夏の宴会はこうして終わった。


十一人目のお題「伝言」  284 終日・鈴

231

────────来る!?


遺跡に潜むサンドジェリーや巨大ハムスターとの戦闘中
蒼夜はどこかなつかしいような嫌な気配を感じた。


蒼夜よりも遥かに感知能力の高い知視が俺の背後をみて顔色を変えたのがわかる。
だが、蒼夜にわかったのはそこまで。

背後からのしかかってくる重たい気配。
闇が俺を包む。
蒼夜は・・・・・・・戦闘中だと言うのに意識を手放した。






体が重い。
動かない。
腕を動かそうとしても拘束されている。


────貴方が悪いのよ


くすくす笑う声がする。
どこか調子の外れた声。
狂気を含んだその声に不安を感じる。

とにかくここを離れなければ・・・

だが、体はぴくりとも動かない。


────貴方がいけない人だから


女の声
どこかで聞いたような憶えのある声
くすくす笑う・・・その嘲笑が耳に障る。


「何がおかしい」


反応してはいけないと思いつつ、つい言葉が口をついて出た。
一瞬の静寂

だが・・・

くすくすくす

続く嘲笑。
あたりの空気にはますます狂気が満ち溢れてくる。


  動け!!


頭の中で自分の体を叱咤する。
だが、動かない体。

いつしか体の上に何かが乗っているのに気づく。


───────貴方がとても魅力的だから・・・・

───────貴方がとてもつれない人だから・・・・

───────でも・・・これで貴方は・・・・私のもの!!


体の上に乗っている何か・・・いや・・・誰かが・・・女が顔をあげる。
その顔は


「!!!」


悲鳴を飲みこむ。
その顔は・・・






「蒼夜!!」

体を揺さぶられて気づく。
心配そうに覗き込んでくる、知視とミリナ。

「何が・・・起こった・・・」

蒼夜の声はかすれている。
その声を聞いて一段と顔をしかめる知視。
心配そうなミリナ。

「ミリナ・・すぐそばに水場があったよね?水を汲んできて」

小さな妖精が光のあとを残しながら飛んでいく。
二人きりになってから、知視はため息をついた。

「蒼夜」
「なんだ?」
「・・・・・・・・・女性にはもうちょっと優しくするべきだったね」
「どういう意味だ?」

だが、知視はそれ以上答えるつもりがないようだ。
もっとも、蒼夜も手の内を晒す気はなく、深く問われたらはぐらかす気でいたが。


『・・戦闘中にこれでは爆弾を抱えているようなものだ・・・』


知視は深くため息をついた。
蒼夜には相当たちの悪い女性が憑いている。
それも複数。
生霊から死霊まで・・
陣術を統べる蒼夜に単独で強硬に取り付くことの出来る霊はそれほどいないようだが・・・


『女性の恨みを買いすぎなんだよ。』


今回の霊は複合霊だった。
あまりにも恨みを買いすぎたから、複数の霊が共同して蒼夜を取り込もうとした。
もっとも、最後の最後で、蒼夜が顔を覗き込もうとしたときに
蒼夜に認識してもらいたいと思った霊同士で反発しあい、消えてしまった。


『いつか・・・・・・・・また来るな。』


こんな雑魚戦のときならまだいい。
だが、強い敵との戦闘中に蒼夜が取り込まれてしまったら、知視もミリアも共倒れだ。

再来の恐怖
それを知るのは蒼夜当人ではなく知視のみ


『女性の恨みは絶対に買わないようにしよう。』


蒼夜の背中につく巨大なてるてるぼうずと・・・複数の歪んだ女性の霊を視ながら
知視はもう一度深い深いため息をついた。



十人目のお題「再来」  231 鴉丸蒼夜

183

暑い夏の夜
1人でお散歩した。

おなか空いたな・・・・

でも、いつも一緒のみんなをかじっているのも申し訳ないし。
チラッと視線を投げた先にはおいしそうな鳩が一羽

睨まれて動けずにいる鳩の翼をぱくっと口に入れてみる。




──────それ美味しいの?


振り返るとそこにはエミリーと同じぐらいの年のころの男の子が1人。
ただ・・・その子の体は半ば透けており、足も宙に浮いている。

「ん・・・・いまいち」

そう答えた瞬間・・・翼を開放された鳩は一目散に飛んで逃げてしまった。

「あん!せっかくの御飯だったのに。あなたが声をかけるから逃げちゃったわ。」

───────ごめん。ごめん。

男の子は頭をかいて謝った。
申し訳なさそうにしている様子を見て許してあげてもいいかなって思った。

「わたしはエミリー。エミリー・ゴースト。あなたは?」

───────僕は「れい」。れいって呼んで

れいと名乗った男の子はうれしそうににっこり笑った。






2人で森の中を散歩した。

眠りかけている鳥を見つけてかじってみたり、狼に追いかけられてあわてて逃げたり、
どんぐりをみつけて拾ってみたり、野兎をみつけて追いかけてみたり・・・


「あはははは」

───────あはは。ぼくこんなに楽しいの久しぶりだよ。

「あたしも」

2人はすっかり意気投合していた。
夜の森の中で遊ぶ子ども達。
アンデッドと幽霊の不思議な時間。

だけど、楽しい時はいつか終わりを迎える。
れいがぽつりをつぶやいた。


────────僕・・・そろそろ帰らなきゃ。

「え?もう?」

────────うん。もうすぐ陽が昇るから。

「もうちょっと一緒に居ようよ。」

────────ごめん・・・もう身体が透けて・・・


言われて見て気づく。
元々透けていた れいの身体は、より一層薄くなっていた。

消える・・・・・消えてしまう。


「待って。これを持って行って!」


エミリーはあわててある物を手渡した。
それは2人で一緒に拾ったどんぐり。
2人でそれに絵を描いた。
エミリーはどんぐりにリボンの絵を描いたのだ。
れいの手の上におくと、それも一緒に透明になりはじめた。


「よかった。れいだけ消えてこれは残っちゃうんじゃないかと思った。」

────────これ・・・もらっていいの?

「うん。今日の記念に持って帰って」

────────ありがとう。大事にする。僕のもあげたいけど・・・もう・・・・・



朝陽が昇る。
光が闇を駆逐する。


────────また、いつかきっと会える・・・・


その言葉を残して、れいはそのまま消えてしまった。



エミリーは哀しかった。
久しぶりに出来た同世代のお友達。
久しぶりの別れ。

また・・・いつか会えるかしら・・・

エミリーはとぼとぼと帰ってきた。
一晩中遊んで帰ってこなかったエミリーをみんなが待っていてくれた。
あまりにもしょんぼりとしているので、みんなが優しく迎えてくれた。


「おかえり」


梶井君が手を差し伸べてくれる。
エミリーはあまりにもしょんぼりしていたので気づかなかった。
梶井君の腕には昨日までなかったミサンガ。
そこについている古い小さなどんぐり。
消えかかっているけど、そこにうっすらとリボンの絵が残っていることに。


───────また、いつか会えるといいね。


それは暑い真夏の夜がみせた過去と現在の邂逅。

梶井君が小さい頃 れい と呼ばれていたときがあったことを、エミリーが知るのはまた別のお話


九人目のお題「別離」  183 エミリー・ゴースト

153

いつも見る夢
それは過去の不幸な記憶


はっとして飛び起きる。
全身に冷や汗をかいている。


もう何度こういう夜を過ごしたことだろう。
だが、凄惨な過去は記憶からなくなってくれない。
この肌と髪の色が元に戻らないように・・・・


もう眠るつもりはなかった。
らぜはベッドから降りると同行者達を起こさないようにそっと部屋から抜け出した。


外に出たとき予感がした。
こういう唐突な予感は当たりやすい。
少し気分がよくなった。

───────今日はきっと素敵な闇鍋が出来そう。








パーティメンバーが起きる頃にはすっかりあたりには怪しげな匂い。
美味そうなのか美味くなさそうなのかよくわからない。
まさしく闇鍋中の闇鍋。


こんな素敵な鍋が作れたんだから、悪夢で飛び起きるのもたまには悪くないわね。
でも・・・・もう少しいい夢が見たいわ。
できれば今晩の夢はこの鍋の夢になりますように・・・・


おたまを片手に、らぜはにこやかに笑った。


「おはよう。さっそくだけど、部屋を暗くして朝食にしよう♪」


パーティメンバーたちの顔が引きつっているのも意に介さず。
らぜはせっせと部屋の中を暗くしはじめた。






それから30分後・・・・・部屋の中からは謎な絶叫が聞こえ・・・

宿に泊まっていたほかの旅人達は
事情を知らぬ者は怪訝そうな顔をし、
事情を知る者は自分達がご相伴に預からなかった幸運を神に感謝した。


八人目のお題「予感」  153 Razels Volciena

92

襲い掛かってくる狼の勢いを利用してカウンターで技を当てる。


あぁ東方の言葉って舌噛みそうだよ…!  六彩、七音、八卦良し!落ちよ天穹――」
神鳴る力



バスタードソードが唸る。
狼達が悲痛な声をあげる。


ごめんね


心の中で彼らに謝る。
ハーフドッグである彼にとっては親戚といえないこともない相手。
魅惑や魅力の技能を修めていない以上、彼らが牙を引っ込めてくれるはずもない。
ただ、ゴーチェに魅惑されることだけを祈りつつ、彼らの動きを止める。

戦闘後にゴーチェに魅惑され、従順になる狼達を見て、より一層感じる罪悪感

味方になるかもしれないものたちとはいえ、
襲い掛かってくる以上動きを止めるのは前衛である彼の役目。


この役って損かも


そんなことを考えたりもした。







戦闘が終わって、装備の手入れをしたり、料理をする時間。

「あれぇぇえええ??」

ABCDは荷物を確認してすっとんきょうな声をあげた。

「僕のお弁当がない!!」

そう・・・・彼の手荷物には食材がまったくない。


──────これじゃあ、おなかがすいちゃうよ。


彼はチラッと狼たちの方を横目で見た。


──────確か・・・彼らは牙しか持ってないんだよね。


はちみつやお肉でも持っていればいいのに・・・・


さっきまでの罪悪感はどこへやら。
ABCDの頭の中はもう食事のことでいっぱい。

ハーフドッグである彼にとって食事に勝る大事な物があるだろうか?
だからこそ、狼たちのことを ハズレ と思い始めた彼のことを冷たいやつだと思わないで欲しい。

仕方なく彼は1人で狩りに出かけた。









───────やっぱりこのあたりの敵は肉を持ってないや・・・・


いくつかの戦闘を繰り返し、そして失望とともに襲い来る罪悪感。


ごめんね。


彼は心のなかで深く謝った。


だが、・・・・・・・・・・この気持ちもしばらくしたら忘れてしまうだろう。


彼は薄情なわけではない。
彼は過去を憶えていない。憶えられない。

彼は過去に引きずられない。
彼は未来に思いをはせることもない。


過去と罪悪を超越するもの。アーサー・バーナード・クラーク・ダグラス
にこやかな笑顔を持つ、悪気のない子犬はいつも「今」を生きている。


彼が悪いわけではない。
憶えておけるなら、彼だってどれだけ幸せなことだろう。


だが、忘却こそが彼が知らずして犯してしまう一番の罪悪なのかもしれない。


七人目のお題「罪悪」  92 アーサー・バーナード・クラーク・ダグラス(ABCD)

51

「ぷはぁ!!!」

湖の中から少女が顔を出す。
コナトオトグルの力を持ってしても、ヒトである以上長時間水中に留まることはできない。


─────本当にこの遺跡と来たら・・・どうなってるのよ。


遺跡の中にあるとは思えない広大な湖。
そこには確かにサカナも居れば、ハスなどの淡水植物も生えている。
遺跡の中だから作り物の世界のはずなのに・・・。


だが、こんな湖があることはティノにとってはありがたい。
水霊の力を借りれるティノは水の中にいることで回復することができるから・・・。


再び水の中に身を沈める。
透明な水に光が射す。
きらきらと輝く。
ハスの間から射す光は湖の中をスポットライトのように照らしている。


ふと気づいて、水面に浮かび、湖の中央の方へと泳いでいく。
中央あたりではハスの葉もなく、ただひたすらに青い水、水、水・・・・


湖の中央付近、岸からかなり離れた場所でティノは水中へと身を躍らせた。


光射す水中に・・・・・・・遺跡。
神殿のような遺跡がそこにあった。


息を呑むほど美しい神殿の中へと身を泳がせる。
神殿の柱をくぐりぬけたとき、違和感が・・・


───────ここ・・・・息が出来る?


確かに水の中なのに、なぜか息が出来る。
不思議な感覚に導かれるまま、ティノは神殿の奥へ奥へと進んでいった。


神殿の壁のレリーフ
そこに書かれていたのは、楽園のような島の歴史。


昔、この湖の上に小さな島があり、そこには水神の神殿があった。
神殿を中心に人々は町を作り、水神をあがめた。
水神は人々の祈りに答え、畑や森の恵みはすばらしく、湖の魚も大漁だった。
信仰厚い人々の祈りが水神をささえていた。
また祈りに支えられた水神は民の祈りに答え続けた。
楽園のような夢見る都がここにあった。


だが、レリーフは謎な一枚の絵で途切れていた。
そこに描かれていたもの。
それは一枚の裂かれた蓮と崩れる神殿。


ティノがそのレリーフの前に立ち、そっと触れたとき・・・・
ごおっという音とともに神殿の柱が揺らぎ始めた。

あわてて神殿から脱出しようとしたそのとき

───────何、これ!嫌!!

膨大な記憶がティノの中に流れ込んできた。




楽園のような都
その崩壊は一人の乙女を神が欲したときに始まった。
茶色い髪と青い目の美しい少女。
だが、彼女は神の妻となることよりも、1人の若者を選んだ。
神は彼女をあきらめ祝福した。
だが、神を崇める一部の人々は彼女を神にささげようとした。
結果・・・・若者は殺され・・・娘は蓮の満ちた湖に身を投げた。
絶望する神の心が力となって顕現し湖の蓮はずたずたに裂かれ、
神殿は崩壊し、湖は島を飲み込んであとには何もない湖が残った。

だが、蓮の花と葉がずたずたに切り裂かれても地下茎は残った。
蓮は乙女の哀しみを吸収し、哀しい歴史と神殿を隠すかのように湖に広がった。




────────お願い。彼らを解放してあげて。

誰かがティノを呼ぶ。

────────貴女なら出来る。

あたしに何が出来る?

────────蓮の花を一つ燃やして



ふと気がつくと、ティノは湖の岸に横たわっていた。

夢??

だが、服や髪はぐっしょりと濡れている。


少し考えてティノは言われたとおりに行動した。
岸に近い蓮の花を一つナイフで切って摘み、それに火をつけた。

あたりに香のような匂いが広がる。
そして・・・・・・・・・

────────ありがとう

小さな声が聞こえた気がした。


蓮が燃えて煙が出ているにも関わらず、空気が澄んでいく。
炎とともに何かが浄化していく。
やがて燃え尽きる頃、ティノは急激な眠気を覚え、その場に倒れこんだ。


乙女の哀しみを蓮が受け継いだ。乙女の魂は蓮に取り込まれた。
都を崩壊させたあと、その場に残った水神は蓮を愛し・・・・
彼女を永遠とするために、おろかな都人の魂を蓮に縛り付けた。
都人の魂を吸って蓮は成長する。
彼らはこの地に呪縛された。
それと同時に乙女の魂も蓮に縛りつけられた。

────────私たちは輪廻の輪に戻りたかった。
───────私と同じ青い目
──────私と同じ茶色い髪
─────貴女なら出来ると思っていた。
────ありがとう。ありがとう。
───これで私たちは輪廻の輪に還ることが出来る。
──ありがとう。本当にありがとう。
─あなたに加護がありますように・・・・・・・・。
ありがとう・・・・

声がかすかになり、数百の何かが空へと浮かんで消えていった。


ティノが目ざめたとき、あたりはすっかり暗くなっていた。
「っくしゅん」
濡れた服のまま寝てしまったため、身体が妙に冷たい。

ティノは湖に目を向けて驚いた。
あれだけあったハスの葉がなくなっていた。
そこにはただ青い水をたたえる湖があるのみ。
明るい月の光が差し込んでも、神殿のような物は見えなかった。


夢?

───────いや・・・夢じゃないぞ。


コナトオトグルが珍しく答えてくれた。


じゃあ・・・・・・・・あれは本当にあったこと。


夢のような楽園とその崩壊。
呪縛された魂とその開放。


だが、あまりにも急な展開に、なんだかキツネにつままれたような気分。
でもコナトオトグルが言うからには間違いないのだろう。

茶色い髪、青い目・・・ティノと姿かたちは違っていたけど、色はそっくりだった。


「どんな楽園でも縛り付けられるのは嫌よね」


ティノはつぶやいて・・・祈りをささげた。
長く呪縛され、開放された魂が、真の楽園で安らぎを得て、輪廻の輪へと戻れますようにと。


六人目のお題「楽園」  51 ティノーシェル・ブルージンガー